C言語の神様!3人の学者について!

プログラム言語

C言語の開発者をご存知でしょうか?
名前ぐらいは知っている、または聞いたことがある方は多いと思います。

アメリカのベル研究所のデニス・リッチー(Dennis M.Richie)博士と同じくベル研究所のカーニハン(Brain W.Kernighan)博士が著名ですね。

私もC言語を習いたてのころにお2人のお名前を知りましたが、それ以上は知りませんでした。

最近になって、いったん止めていたC言語のプログラミング学習を再開しました。
学習に使用するテキストは、D.M.リッチーとB.W.カーニハン著の「プログラミング言語C第2版 ANSI規格準拠」です。

古めかしいテキストです。
でも、今になってそこにあるお2人のお名前が大変気になってきて、このお2人について少し深堀をしてみました。

また、C言語を使用するOSであるUNIXの開発で欠かせない人物がいます。
ベル研究所のケネス・レイン・トンプソン(Kenneth Lane Thompson)博士です。(通称ケン・トンプソン)

ケン・トンプソン博士についても同様に少し深堀をしてみました。

3人の生まれや出身大学は?

デニス.M.リッチー博士

1941年9月9日、ニューヨークブロンクヒル生まれ。
父親のアリステア・E・リッチーは、ベル研究所の研究者であり、デニスの幼い頃にニュージャージー州サミットに移り地元の高校に進学し、ハーバード大学を卒業しています。

ハーバード大学で物理学と応用数学の学位を得て、1967年からは、ベル研究所の計算機科学研究センターに勤務しています。

1968年には、ハーバード大学でパトリック・C・フィッシャー氏の指導により、計算機科学の博士号を取得し、また、1969年にはベル研究所仲間のケン・トンプソン博士とUNIX(PDP-11)の原型となるOSの開発をしています。

ケン・トンプソン氏は、そのUNIX上で動作するアプリケーションを作るためのB言語の開発者です。
リッチー博士は、そのB言語に新しい文法を追加してC言語を開発しました。

1970年代の間、UNIXとC言語の開発をリッチー博士とケン・トンプソン博士で進められてきました。

B.カーニハン博士

「Brian Wilson Kernighan」です。
1942年1月1日、カナダ・オンタリオ州トロント生まれ。
出身校は、トロント大学とプリンストン大学です。

トロント大学で物理工学の学位を取得し、プリンストン大学で電子工学の博士号を取得されています。
ベル研究所に所属していたころに、デニス・リッチー、ケン・トンプソンと共に、C言語やUNIXの開発にたずさわってきています。

デニス・リッチーと共著のC言語の入門書「プログラミング言語C」は、たいへん著名です。
また、カーニハン博士はUNIX上でプログラミング言語のAWK(オーク)を開発されています。

C言語とUNIXの開発は、主にリッチー博士とトンプソン博士のようですが、カーニハン博士はリッチー博士とトンプソン氏の研究の成果を世に広めた功績の方です。

ケネス.L.トンプソン博士

1943年2月4日、ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。
カルフォルニア大学バークレー校を卒業しています。

カルフォルニア大学バークレー校では、電子工学と電算機科学を学び、1966年に修士号を取得しています。
その後、ベル研究所に勤務しています。

ベル研究所では、C言語の前身であるB言語を開発しています。
また、デニス・リッチー博士と2人でオペレーティングシステムであるUNIXの開発をしています。

2006年にはGoogleに勤務され、Goというプログラム言語を共同開発されています。
トンプソン博士は、言語の開発においても、とても重要な功績を残された方です。
圧巻です!

何故C言語を開発したのか?

C言語は、もともとリッチー博士とトンプソン博士が、ベル研究所でUNIXというオペレーティングシステムの原型を開発したところから始まります。

ケン・トンプソンは、このUNIX上で動作するB言語を開発し、リッチー博士はこのB言語に追記してC言語を開発しました。
C言語は、B言語の後継を担うものの意味を込めて名前が付けられているようです。

B言語は、UNIX上で動作するアプリケーションを作るために開発されています。
C言語の場合は、さらにOSであるUNIXを移植しやすくするためのシステム記述用言語であり、OSをも対象にされています。

OSのUNIXを移植するとは、要するにUNIXシステムに追記するなどを行い改変することです。

C言語は現在では、産業ロボットや家電製品など機械に組み込まれるなどで多く利用されています。
レンジ幅の広い数値を扱えるところから、制御系の現場でこれからも活躍する言語といえます。

それぞれの役割とは?

リッチー博士は、もっぱらUNIXの開発者であるトンプソン博士が開発したB言語に機能追加したC言語の開発に取り組んでいます。
そしてお2人でUNIXの90%以上をC言語に書き直しています。

ベル研究所がこのUNIXを公開することで、お2人が力を注いだ研究であるUNIXとC言語が世界中に浸透していきました。

カーニハン博士は、リッチー博士の協力のもとに、著書「Cプログラミング言語」を1978年に出版しました。
このことがC言語の普及につながりました。
日本でも1981年に翻訳版「プログラミング言語C」が協立出版社から出版されています。

3人の現在は?

知的好奇心と読書イメージ、眼鏡にたくさんの本にはてなのマーク

現在、この3人の博士はどのようにしていらしゃるのでしょうか?

デニス・リッチー博士は、残念ながら長い闘病(前立腺癌と心血管疾患)の末に、70歳で亡くなられています。
2011年10月12日、自宅で亡くなっているのが発見されたのです。

ブライアン・カーニハン博士は、数々のプログラミング言語に関する著書を発表して、現在もプリンストン大学に計算機科学部教授として在籍されています。

ケン・トンプソン博士ですが、ベル研を退職後、Googleで名誉エンジニアとして所属し、プログラミング言語Goの共同設計に携わられています。
現在の詳細は不明ですが、プログラム言語の開発に余念がないようです。

まとめ

3人の学者について、少しばかり調査をしてみたところ、驚くことばかりでした。
今まで、こんなことも知らなかったのも変ですが、毎日のプログラム開発の裏話には、アメリカ合衆国の偉大な功績があったのです。

改めて、C言語の習得をさらに精度の高いものにしたいという気持ちが湧いてきました。
中途半端な身に付け方では、3人の博士に申し訳ないですね。

少しの深掘りで、今までとは考え方が一転してしまったのではないかと思います。

今後の目標は、C言語の習得をしっかりしたものにすることと、仕事上ではありますが、指導ができるようにすることになります。
ベル研究所の研究用の人類となれるようにです!


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